先行きの見えない不安とともに日本に帰国
2021年2月。夫婦ふたりでカナダで生活していた私たちは、コロナウイルスの感染が再拡大するなか、日本に帰国することを決めた。
羽田空港到着後は、PCR検査を受け、結果は陰性であれど空港近くのホテルで14日間の隔離。
仕事はおろか、住む場所も決まっていないまま、日本での生活が再開した。
隔離期間を終えたあとは、埼玉にある私の実家にしばらく滞在しようと思っていたが、感染拡大を受け、荷物を置かせてもらっている夫の実家に直行することに。
こうして私の広島生活はドタバタと幕を開けた。
向島にUターン移住、古民家の改修を開始
夫が生まれ育ったのは、尾道の対岸にあり、しまなみ海道が架かるひとつめの島「向島(むかいしま)」。
夫に初めて出会った時に、「島出身なんだよね」と言われて驚いたことは今でも鮮明に覚えている。
海まで徒歩30秒、走れば10秒で着く位置に家があり、海なし県で育った私にはとても新鮮だった。
仕事が決まったら、勤務地次第で引っ越すことも考えていたが、夫婦ふたりでリモートワークで働くことができる仕事が決まった。
こうして全国どこにでも住める状態になったら、選択肢が多すぎて悩むことに。
いずれ自分たちの家を持つなら?
子どもを育てることになったら?
どんなライフスタイルを送りたい?
これらのことを総合的に考えてみたら、「向島に住む」という選択肢がしっくりきた。
そうと決まれば家探し。
実家の周りがすべて空き家であることや、尾道では古民家リノベーションが盛んであることから、「空き家をリノベーションして家づくりをする」ことが次の目標になった。
ご近所さんに聞いて回ったり、夫の両親の情報を頼りに探し続け、ご縁のあり、古民家を譲っていただけることになった。帰国から1ヶ月が過ぎた頃だった。
こうして私は移住、夫はUターンというかたちで広島に住まいを構え、平日は家で仕事、週末は古民家のリノベーション、という生活が始まった。
コロナウイルスの収束が見込めず、遠出できないもどかしさはあるものの、古民家の作業という趣味ができたおかげで、今のところ退屈せずに過ごすことができている。
都会っ子、試練を乗り越えて強くなる
移住から半年が経ったが、ずいぶんと逞しくなったような気がしている。そう思う理由はふたつある。
ひとつめは、ペーパードライバーを脱却し、いまではSUVを乗りこなせるようになったこと。
車がなくても生活できていた都会生活とは打って変わって、島から市街に出るまでには車は欠かせない。夫にスパルタで特訓してもらい、時には泣きべそをかきながらも、実地練習を重ねたことでだいぶ上達した。
ふたつめは、たびたび出没する虫への耐性がついてきたこと。
向島に住みはじめて、刺されるととても痛い「ムカデ」という虫と初めて遭遇した。ジメジメした気温を好み、隙間があればどこからでも侵入してくる奴らは本当に脅威だ。出没するたびに格闘しているうちに、ゴキブリを見ても怯むことなく対処できるようになったし、大きなクモは可愛いものだと思えるまでになった。
いわゆる「地方」や「田舎」と呼ばれる地域は、自然豊かでのんびり過ごせる反面、こうした脅威とも時には対峙しなければいけない。都会の当たり前が通じず、驚くことはたくさんあったが、それらを上回るほど良いことがたくさんある。
おいしい食、穏やかな気候
まず広島に移住して驚いたのは、野菜や果物のおすそわけの頻度の高さ。
名産のみかんは箱単位でもらい、季節ごとの野菜は多方面の知り合いからいただく。ときにはお隣の岡山の親戚から、名産の桃やシャインマスカットも届く。そのおかげで、「なにが旬の野菜や果物か」が分かるようになった。
また、広島のソウルフードである「お好み焼き」は、月に1回は家庭で登場することにも驚いた。広島県内でも地域によって入れる具材や焼き方が異なることも知り、お好み焼きの虜になったわたしは、外出先でも「お好み焼きが食べたい」と思うようまで。美味しい食事を味わっているうちに、少しだけ広島県民の仲間入りができた気がする。
そのほかにも、穏やかな瀬戸内海、温暖な気候、キツすぎない方言など、都会から移住した私にとって向島はとても過ごしやすく、移住してよかったと思う。
余談だが、結婚前の両家顔合わせは、私の両親の強い希望で尾道で開催した。初めて尾道を訪れた両親はすっかり尾道のことが気に入り、「移住したいな〜」と何度も口にしていた。それに対し、向島で生まれ育った夫のお父さんが「尾道は本当にいいところですよ」と嬉しそうに話すのを見て、愛せる「ふるさと」があるのはとても素敵だと思った。高校卒業後10年以上尾道を出ていた夫も、久しぶりに帰ってきて改めて尾道の良さに気づいたのだとか。
海外から帰国したときは先が見えずに不安に押しつぶされそうにもなったけど、小さな一歩でも行動し続けたおかげで、ワクワクする「今」にたどり着くことができた。
私の両親が尾道に一目惚れしたように、リノベーション途中の古民家を気軽に立ち寄れる場所にすることで、尾道をはじめ、広島のファンを増やしていければと思う。