「わー母さん、今日は星がいっぱいじゃねぇ!」。
車から降りたこどもたちが歓声を上げる。空を見上げると、どこが星座になっているんだろう、というくらいたくさんの星が瞬いている。「綺麗じゃねぇ」。星が綺麗に見えることがしみじみと心に沁み入るのは、それが当たり前のことでないと知っているから。
二十代の頃。
三重県出身の私は、大学を卒業後、東京で働いた。
憧れのまち。
憧れの仕事。
けれど東京は容赦がなかった。
毎日満員電車に揺られ。
終電間近まで残業。
毎日コンビニ弁当を食べた。
職場の人も、まちで行き交う人も、みんなピリピリしているように感じた。
夜空を見上げると、月と金星しか見えなかった。
いつの間にか、職場ではトイレに籠もって何度も何度も手を洗うようになったり、何を食べても美味しいと思えなくなっていた。自分でもおかしいな、と気づいていた。
学生の時からつきあっていた人と、結婚することになった。東京を離れ、広島の山間部・世羅へやって来た。
オフィスビルに通っていたのとは、真逆のような生活。
夫は農業を生業としていたために、私も一緒にすることになった。
広々と広がる大地。
真っ青に澄んだ空。
土にまみれながらの仕事。
あまりの違いに、戸惑ったり、くたくたにくたびれたこともあった。けれど、地面に腰をかけて畑を眺めていると、もやもやがすーっと大地に溶けていくような気がした。
いつの間にか、何度も手を洗ったり、味覚が無くなったり、というおかしなことはなくなっていた。
夜は、電車や車の音がしない代わりに、夏はカエルの鳴き声が凄まじい。
街灯が少ない。暗い。けれども、見上げれば満天の星が広がっている。
旬の野菜や果物はびっくりするくらい美味しい。
太陽に干したお布団は温かく、ふっかふかになる。
キンモクセイや、クチナシなど、季節ごとにお花の香りがふわりと飛んでくる。
ひとつひとつに驚いた。ここにいると、五感をたくさん使っている。
あのまま、東京にいたらどうだったんだろう、と考えることもある。
でも、私にはこっちが合っていたんだろうと思う。
軽トラのお父さんがすれ違いざまに手を振ってくれる。
味噌の作り方を教えてくれる師匠がいる。
なんじゃぁかんじゃあと世話を焼いてくれる人がいる。
子どもたちは音など気にせず家の中を走り回っている。
今日もカープの試合を見ながら一喜一憂する。
私はここで生きている。
ここに来れてよかったと思う。
あなたはどうですか?どこで、暮らしますか?