合鴨よりもキュート!愛しき「おじん」
これは、東広島市安芸津町に移住して数ヶ月がたった頃の話。慣れない地方暮らしながら、少しずつ知り合いが増えてき始めてきた時のことだ。
「生まれた」
朝7時に届いたLINEを開くと、そこには合鴨と卵の写真が数枚。
メッセージの主は、ご近所で合鴨を育てつつ農家を営む木戸さんからだった。
「見せてくれない」
続いて届くメッセージ。
どうやら写真に写っていた合鴨の卵がかえったらしいが、生まれたばかりのヒナを親がガードするから「生まれたようだが何羽いるのかわからないうえに、姿を見せてもらえず悲しい」という状況であることを察する。
合鴨のヒナは可愛いに違いないけれど、そんなメッセージを送っている木戸さんもなかなかじゃないか、と微笑む寝起きの私。もう一度書くけれど、これが7時の出来事ということで、安芸津の朝はなかなか面白い。
そんなこんなで、夕方頃。
「8羽だ!」
もう、細かく書く必要はないだろう。つまり、そんなやりとりの後、その8羽を撮影しに行った私を想像して写真をみて欲しい。合鴨よりも、むしろ合鴨を愛でている木戸さんの方が愛らしい存在と感じるのは私だけではないはず。カメラを向けると恥ずかしそうに顔を隠すMr.Kido。
木戸さんが合鴨を育て始めるきっかけとなったのは、テレビのドキュメンタリー番組。ヒナが最初に目にするものを親だと思う、「刷り込み」という習性に関心を持ったことがきっかけだそう。以来25年。元々米作りもしていたことから合鴨農法もスタートし、今や合鴨は木戸さんの暮らしには欠かせない存在だ。木戸さんの田畑は自然農法らしいが、それは合鴨のためのようだった。「農薬なんて使ったら合鴨がかわいそうでしょう!」ということで、オーガニックな暮らしを満喫している様子。
それはそうと、せっかくなので撮影に伺いたい旨を伝えた際、
「ロケット花火上げながら見守員をどうぞ。麦わら帽子がいる日焼け止めも」
という謎めいたメッセージをもらって困惑した。わかる人にはわかるこの文章の意味がわからない。ロケット花火って何?って具合なのだから。
これを翻訳するとこう。
「ヒナは大型の鳥に狙われやすいから、ロケット花火でそれらを威嚇しながら一緒に見守りましょう!暑いし、日焼け対策は必須よ!」
これが朝4時に届いているんだから。もう笑うしかない。
移住した安芸津という町で、私はそんな愛しき「おじん・おばん」たちとたくさん出会った。人によってはお節介に感じるかもしれないコミュニケーションも、ほんの少し視点を変えれば、どれもこれも優しさであふれている。
安芸津町は瀬戸内海に面した港町。目下に広がる島々や、フェリーが行き来する様子は、まるで心の故郷のように懐かしく、美しい。そんな風景に魅了されて選んだ新たな居場所。今では、この町に暮らす人たちとの交流が何よりも面白く、一番の魅力だと感じている。そしてつくづく思うのだ、町はここに住むひとりひとりの暮らしでつくられているのだと。
今、こうしてここに居合わせる奇跡を愛おしみながら、私も町をつくる一人の暮し手として、時にニコニコ、時にゲラゲラと、笑顔があふれる日々を送っていきたい。