特別賞
2024
Mrs.sox catさん
埼玉県から移住 主婦 30代

はじめての広島、はじめての子育て〜自然とあたたかなまなざしの中で〜

はじめに

2020年の冬に埼玉県から広島にIターン移住しました。私自身は関東の出身で進学や就職で関東圏を点々としていて、結婚後しばらくして夫のUターン転勤で広島に来ました。
広島には夫の親類以外は知っている人がいませんでした。社会では新型コロナウィルスの影響で新しい生活様式が叫ばれている時期でした。広島に来てから妊娠・出産を経て子育てがはじまり、今は夫と2歳と0歳の子どもと暮らしています。私の体験が移住後の子育てについて一つの例として参考になれば幸いです。

広島での新生活

新天地は廿日市市の海側でした。わたしのような広島初心者には住みやすい街でした。宮島の対岸は山陽本線と広電宮島線が通り、家族の仕事先である広島市への交通の便が良く、日常生活では車がなくても生活に支障はありませんでした。関東に住んでいた頃は車を持たず電車をよく利用していたので、地方移住というと車必須のイメージがありましたが、廿日市の暮らしはペーパードライバーの自分にはありがたかったです。バスも数種類あり、中山間地域に行く時に便利です。子どもにのりものブームがきた時には広電・山陽本線・路線バスとのりものづくしの旅をしました。

自然とのかかわり

身近なところに自然があるのも良いところだなと思っています 。廿日市には魅力的な公園がたくさんあります。自宅のある住宅地からでも新宮中央(通称けん玉)公園、峰高公園、地御前キラキラ公園などは気軽に行ける距離で、少し山に向かえば四季ヶ丘公園、宮園公園などの広い公園がたくさんあります。他にも小さな公園が街のあちこちに点在しています。都心だったら多くの人で賑わいそうな所でも良い意味で人が少なく、のびのびと遊ぶことができます。子どもが歩くようになった頃、親子での公園めぐりは移住後にできた趣味の一つになりました。季節ごとの風景も美しく、広島でできた友達と家族連れでお花見やピクニックを楽しんだのは良い思い出です。

子どもが生後数ヶ月の頃は寝つかない子を抱っこして、明け方の海へ通ったこともありました。牡蠣筏の浮かぶ海のむこうから太陽が顔を出す様子に、疲れも和らぎ清々しい気持ちになりました。早朝の海辺はお年寄りの方が多く散歩されており、子どもを見て声をかけていただいたのも嬉しかったです。子どもが話すようになってから、青い空を見上げて「海が上にあるね!」と言ったことがありました。私の馴染みがある太平洋の勇ましい海とはまた違う、瀬戸内のおだやかな波を見ながら育ったからこその言葉かもしれません。

広島に来てから念願の家庭菜園もはじめました。実家では自分の家の畑でとれたものやご近所と交換したものが食卓の主役でしたが、上京してからは野菜を買うのが当たり前の生活にすっかり慣れてしまい、土から遠ざかっていました。移住で仕事が一段落したこともあり、長く空き地だった庭の草を抜いて土を耕すことからはじめました。廿日市市の山間部・吉和でひらかれた有機農業の塾にも参加し、農業仲間もできました。少しずつ庭が畑になっていくのが日々の楽しみになりました。

子どもが生まれてからは、一緒に土にふれました。子ども自身が種まきをして、水やりなどのお世話をし、ついに実った野菜を収穫した時の達成感に満ちた表情は忘れられません。私の誕生日には育てた苺を使って子どもと夫が苺ケーキを作ってくれたのも、何よりのバースデープレゼントでした。

出産を機に退職をしたので、子どもが3歳になるまでは一緒に過ごして親子の時間を満喫したいと思っていました。はじめての子育ては新鮮な驚きと喜びの他に、疑問が不安に変わりやすかったり、睡眠不足から心身の調子を崩しやすかったりと、自分が自分でないような感覚も一緒に味わうこととなりました。広島県では産後ケアの利用者負担の半額補助を行っています。産後数ヶ月で子どもを産んだ産院で産後ケアを受けに行った時には、親兄弟が遠くにいる私にとっては実家に帰ったような安心感があり、身体と休めると同時に気持ちの面でもとても救われました。そしてこのような安心感が自分の子育てには必要だったんだと改めて思いました。

弱っている時は、親兄弟や友人が身近にいたらなぁと思うことが多々ありました。けれどいざ気心知れた人と連絡を取り合う際には、遠く離れていることを思うとつい「こちらは元気です」と返してしまい、後悔することも。

そんな時「親戚や保育園の先生の他にも、『(子どもが)大きくなったね』と言ってもらえる人がいるといいよね」という知り合いの言葉をいつも思い出し、親である自分自身も色々な人と関わりながら子育てをして行きたいなと思い、子どもに関わる場へ足を運ぶようにしました。廿日市には4つの子育て支援センターがあり、外で遊べない時にはプレイルームを利用していました。プレイルームでは親子での交流の他にリズム体操・わらべうた・工作などもでき、産後の体調が安定しない時期にはこうした催しに助けられました。

廿日市エリアの支援センターには産前産後サポートセンターという、妊娠〜産後1年の産婦のための施設が併設されているところがあり、常駐している助産師さんや保健師さんによく相談に乗ってもらいました。大野エリアにある廿日市市多世代活動交流センター「フジタスクエアまるくる大野」は子育て支援センターと市民図書館が同じ建物の中にあり、片方の親が子ども達と遊ぶ間に、もう1人の親は図書館へという使い方もできて家族でゆったりと過ごせる場の一つです。

他にも図書館や市民センターでは親子向けの催しが多く開かれています。これらをきっかけに自分と同じように子育て中のお母さんや、子育てを終えた先輩との新しい出逢いがあり、街を歩いていて知っている人に偶然会うということが増えていき、街の暮らしに馴染んできたことを実感しています。

家族の働き方の変化

移住前の夫は自宅から都心の職場まで電車で1時間半の距離に通っていました。
朝は6時には家を出て定時に上がっても帰宅は20時過ぎで、日付をまたぐことや泊まりがけも少なくありませんでした。結婚前は職場から自宅まで徒歩10分だったそうなので、広島移住前の間は通勤もとても頑張ってくれていたと思います。広島に来てからは広島市の職場までは電車で40分ほどと、通勤時間がとても短くなりました。

子どもとかかわる時間にもゆとりがあり、絵本を読んだりお風呂に一緒に入ったりしています。
子どもの中にも父の存在がはっきりと位置付けられているようです。私自身も夫に対して子どものことを1日単位で話せるのは、一緒に子育てをしている実感があり、だんだん家族になってゆくのがとても嬉しかったです。

さいごに

臨めば海、振り返れば山、歩けば花鳥風月がすぐそこにある、そういう場所で家族で暮らせることはとても贅沢なことだと思っています。広島の大きな自然のゆりかごに揺られ、そこで出逢う人達のあたたかなまなざしの中、子どもと一緒に成長していけることが素直に嬉しく、喜びばかりではないけれど子育ての日々はたしかに私の宝物です。私はごくごくフツウに生きてきて、振り返ってもあまりほめられた人生ではありませんが、広島暮らしを決めたあの日の自分にありがとうって伝えたいです。

審査コメントあり!
審査員 山根 尚子

最初の方に「太平洋の勇ましい海とはまた違う、瀬戸内のおだやかな波」との描写がありますが、私も小田原生まれで、感覚としてすごく分かりました。本当に、同じ海でも全然違うんですよね…! 移住先の廿日市市ではペーパードライバーでも移動がしやすいなど、広島県沿岸部の暮らしやすさが具体的に伝わってくる文章でした。ご親戚が近くにいない心細さなど、育児で起こりうるデメリットも書いておられて、同じ境遇の方には特に参考になりそうです。

移住のステキを
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