鈴木 大孝さん
埼玉県から移住 自営業・経営者(フリーランス含む) 40代

広島に移住して発見したこと

はじめに

広島県福山市水吞町で飲食店を2011年に開業し、現在47歳。奥さんと中学一年生の息子の3人家族です。埼玉県入間市で生まれ育ち高校卒業後は東京で10年間、飲食業界で修業してきました。

移住のきっかけ

東京で一緒に働いていた友人夫婦が「広島で飲食店を開業するから手伝ってほしい」と言われたのがきっかけです。当時27歳の独身の私はちょうど仕事をやめたタイミングでもあった為、ちょっとした旅行感覚の軽い気持ちで「いいね」と返事しました。

東北地方から関東地方そして、西日本へ

私の両親は青森県の津軽地方出身。結婚し埼玉県で所帯を持ち兄二人と私の3人兄弟の5人家族。親戚は東北地方にたくさんいましたし、私も小学生のころなどは夏休み中、両親の故郷青森県津軽地方に遊びに行ったりしていました。
ルーツを東北地方に持ち、関東地方で生まれ育ち、社会人になり働く中で、「西日本に住む」という、イメージは全く持っていませんでした。

小さなボストンバックに下着7枚で夜行バス

友人が開業したお店は広島県の福山市。福山市という街を聞いたこともなかったですし、場所もよく解らぬまま、新宿のパスターミナルから1週間だけの着替えを小さなボストンバックに詰めて21時出発の夜行バスに乗り、広島県福山市に到着したのは6時頃だったと思います。

2月の寒い時期でしたが雪が積もっているわけでもないですし、看板や車や歩く人を見ても、日本(※あたりまえですが)です。(笑)

友人のお店まで、まだガラケー時代だった携帯電話で何とかナビを利用しながら歩いて到着。そのまま夜中の24時までノンストップで働いたのが私の広島県福山市の1日目でした。

違和感?

友人のお店はすでに人気店となっており(実はオープンしてから2カ月ほどたっており、その間にテレビの取材などがあり、夫婦二人では手が回らなくなり連絡が来たのでした)、オープン前にはお客様が列を作っていましたから、私も旅行気分は初日のランチタイムで消え去り、忙しさにあっという間に1週間が過ぎ、気付けば1カ月が過ぎたころ、徐々にいくつかの違和感に気付き始めていました。

一つ目は「ことば」関西弁ともまた違う、私にとっての初体験な「備後弁」です。

もう一つは食材の豊富さ。基本的にはスーパーマーケットで売られているものの値段などはそう変わらないのですが、その中でもやはり特産品とか地元の食材などはやっぱり安くて美味しい。瀬戸内の恵みは特に魚とフルーツから感じました。

更にもう一つ、家賃が安い。東京で引っ越しを繰り返しながら一人暮らしを10年ほどしていましたから、家賃の安さにはびっくりしました

他にもいろいろと感じていましたが、それぞれの違和感は「良い方」の違和感ばかりでした。

1週間のつもりが1年、そして

1週間の滞在のつもりで下着7枚持ってきた私がなぜ1年滞在したのか?仕事が忙しかったことがもちろん理由ではありますが、もう一つ理由がありました。

運命の出逢いがあったから。

お店のアルバイトとして2,3日だけ働いていた“その人”は、はるばる遠くから来た私を可哀そうと思ったらしく、いろいろ気にかけてくれたり、心配してくれたり。そして気付けばお付き合いすることに。
それでも、永住することは考えていなかった私でしたが、1年たったころにはある選択に迫られていました。

関東に帰るのか?移住か?

年がたった時には、さすがに「そろそろ帰ろうかな?」と考え始めていましたが、その時一つの選択に迫られました。彼女を連れて帰るのか?それとも?
結論として広島県福山市に残ること、そして彼女と結婚することを選択しました。つまりここで初めて移住を決断したのです。
移住を決断したのは彼女と結婚することが理由でしたが、ではなぜ、「彼女を連れて関東に帰らなかったのか?」

鞆の浦にも惚れていた

なぜ、彼女を連れて関東に帰らなかったのか?それは彼女が福山生まれの福山育ちで仕事も福山で働いていた人でしたから、そんな人を連れて関東へ行くイメージが出来なかったから。

表向きの理由としてはこれです。ただ、惚れていたのは彼女に対してだけではなかったのです。

福山市に来て1か月くらいたったあるとき、福山市の港町「鞆の浦」に友達のオーナー夫婦に連れて行ってもらったのですが、その時の鞆の浦の“世界観”に一目惚れをしていました。あの感情をどう言葉にしたらいいのかわからないのですが、「観光地なのにリアルに人が住んでいる」そう思いました。

私にとっては瀬戸内の景色はそれだけで「映画の世界」でしたし、海なし県の埼玉育ちとして港はそれだけで特別でした。鞆の浦は観光地としても有名で、あちこちに観光スポットもありましたし、昔の景観や歴史文化の感じる、本当に素敵なところ。

でも、私が本当に感動したのは、そこでリアルに生活している人が住んで居て、景観や文化や歴史と当たり前に共存している。そこに感動しました。作られた景色ではなくリアルな景色が建物からも道からも海からも人からも感じる。

こんな素敵なところに「住みたい」と思っていたから、結婚を決断したし、移住も決断出来たのだと思います。

広島県福山市の魅力

移住を決断する前の1年間は旅行気分、観光気分も持っていましたから、休みの日には彼女と日帰りプチ旅行をよくしていました。

わたしは歴史とかお城に興味があったので、西日本のお城巡りがとにかく楽しかった。四国、山陰、近畿、それに北九州だって日帰りで行けてしまう。なんて便利なのだろう♬
さらに私にとってありがたかったのは最寄り駅に新幹線が止まるってこと。これは本当にありがたい。東京に行くにしても埼玉の実家に帰省するにしてもいきなり新幹線に乗って行けるストレスフリー感は便利の極みです。
移住する前から私が感じていた福山市の最大の魅力は「観光に便利なところ」です。西日本のハブ都市としての魅力が福山市の最大のおすすめポイントです。

もちろん、瀬戸内のお魚の魅力や、フルーツやお野菜などなど料理人としてこのエリアのポテンシャルの高さは負けないくらいの魅力ですが、広島第二の都市としての福山市は、住むのに便利、観光に便利で、移住するにあたっては、とても大切なポイントでした。

楽しむ決断

移住先を考えて全国各地を調べ、実際に現地に行って体感することは大切だと思いますし、その行動自体も人生の大切な体験であり経験と思います。でも、実際のところは「住んでみないと分からない」事がほとんどだということも事実です。

子育ての為、仕事の為、身体の為、移住を考える理由は様々だと思います。人生でも大きな決断のひとつだと思います。「住んでみないと分からない」なんて、無責任な行動は出来ないですよね。
わたしは、移住と「出逢い」は似ていると思っています。大切な友達、パートナー。人生で様々な出逢いがあると思います。一目惚れの場合もあるでしょうし、腐れ縁って場合もあるでしょうが、出逢いって“その後“を「楽しめるか?」だと思います。

長い付き合いになれば苦手な部分も見えてきますし、どうしても合わない部分もあるでしょうが、それが当たり前です。一目惚れだろうと、腐れ縁からだろうと、良いところも悪いところも含めて「出逢いからの御縁」だと思います。
移住先を考えるとき、一目惚れした街だって見えなかった苦手な部分は絶対あります。条件やタイミングで、成り行きで決めた街だって、たまらなく愛おしくなる部分が絶対出てくると思います。

「住んでみないと分からない」って素敵なことで、大切なのは楽しむ事です。出逢いを楽しむ事だと私は思います。

移住して20年

福山市に移住して20年。生まれ育った埼玉県よりも、長くなりました。それでも、一目惚れした鞆の浦は今でも私にとっては「観光地」で、車で15分ほどもあれば行ける世界一癒される港町です
 
福山市は広島県第二の都市として人口は46万人ですが、面積も広く駅周辺の繁華街は程よく都会感があり、周辺の住宅地も買い物などに不便を感じることはありません。山も海も近く、休日レジャーなども充実した環境だと思います。
 
子供のころから「魚」が好きだった私は「海のそばに住みたい」と漠然と思っていました。料理人としてはもちろんですが、毎日の我が家の食卓に並ぶ新鮮な魚を食べるたびに幸せを感じています。

移住のステキを
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