広島に引っ越したで!
「えー!いいな!遊びに行かせてー!」 と友人からの返事。
瀬戸内海に面し、山もあり、景色も良く県外の人からみても憧れの地、広島。
2023年6月から広島に移住しました。
生まれも育ちも関西。就職を機に東京へ。
結婚を機に、東京から島根県へ引っ越し、昨年広島に移住しました。
人の生涯の引越し平均回数は4回、というのを聞いたことがありますが30代前半にて早くも達成しました。
職業は一級建築士。コロナ禍をきっかけに、リモートワークという新しい仕事のスタイルが始まり東京を離れてからも、お仕事を続けることができました。
「広島移住っていいものだ」ということを私がここでお伝えする前から、すでに広島の街のステキな部分は、県外の皆様にも届いているような気がします。
とはいえ、実際にそこで「暮らす」ことと「遊びに来る」ことは全く別物。
私が広島に移住して1年間で発見したことについて、印象に残っている出来事をお伝えします。
1.春、カープ応援。
広島に住み始めて驚いたこと。それは、天気予報と同じ情報量でカープの試合結果が、嫌でも耳から目から入ってくること。
何一つ野球に関心がなかった私が、この一年で広島カープの選手の名前を10人以上は唱えることができるようになり、いつのまにか、カープを応援している自分がいます。
街を歩くと、カープが勝てば空気が弾み、負ければ全体的にドヨンとした空気。
企業の方々の正装までもが、カープのユニフォームであることにも驚きました。
広島に住んでみないと味わえなかった「スポーツ」で街がひとつになるということを体験しました。
2.夏、8月6日。
小学生の頃、修学旅行で広島を訪れました。
平和学習の後、原爆ドームを初めて目にし、戦時中の人々が助けを求めて飛び込んだ川を目の当たりにし、平和記念公園を歩いたことは、もう20年以上も前の話ですが、鮮明に覚えています。
修学旅行で訪れたときは、まさかここに移住するとは思ってもみなかったので、人生は分からないものだなと思います。
その日以来、再び訪れた平和記念公園。
当時の印象と少し違い、大人になったら見え方が変わってくるのだろうか、などと考えながら保存された被爆建築物、復興後の街並み、路面電車を見ながら、街全体が広島の「歴史」を語っているようでたくましくも思えました。
3.秋、祭り。
これまでの人生、あまり地域の行事に参加することはなかったものの、「あみだくじ」により移住1年目にして自治会長に就任。積極的に地域行事に参加することに。
行事の一つに秋祭りという一大イベントがありました。
世間で懸念されている、伝統行事の衰退とは無縁ではないかと感じるほどに、祭りの準備は老若男女問わず協力的。
おうちの外壁にはみんな揃って紙垂を回し、大きなお祭りの旗を掲げ、こども達は楽しそうに御神輿を担ぐ。
令和とは思えない街の一体感がありました。
伝統行事を重んじ、「文化」の担い手にも恵まれた街であると実感しました。
4.冬は牡蠣小屋。
広島名物、牡蠣の季節到来。牡蠣小屋に行き、網の上で牡蠣を焼くという体験をしました。
おなかを壊してしまうかも という危機感と裏腹に食べたくなってしまう生牡蠣は、口の中でとろけてとてもおいしかったです。
牡蠣だけでなく、広島焼き、コウネ、つけ麺、穴子などたくさん広島名物があり、グルメも飽きることなく楽しめます。
「食」にも恵まれた環境です。
5.おわりに。
初対面であっても一言目には、「よう来たね、住みやすいところでしょ!」という挨拶をよくされます。
それは、「スポーツ」「歴史」「文化」「食」「景色」「建築」など、たくさんの「誇れるもの」がこの街にはあるからこそ、自信を持って暮らしている人が多いように思います。
私もたった1年ですが、いろんな角度からの広島を味わえて満足しています。
移住前は、会社と家の行き来、建築士の勉強漬けとなっていた東京暮らしに、少し息を詰まらせていました。
そのため、私自身は新しい環境で暮らすことについては何の躊躇いもなく、結婚を機に移住しましたが今の暮らしの方が楽しいと感じています。
中には知らない土地に住むことについて抵抗がある方がいらっしゃるかもしれませんが、広島市は利便性もよく、ほどよく都会で間違いなく住みやすい街です。
私のように車を運転できない人でも、広島市においては路面電車とバスで問題なく生活できますので安心してください。
広島の街の雰囲気が伝わり、移住の一歩を踏み出すきっかけとなりますと幸いです。
※なお、未だに広島弁はマスターしていません。※