秋田 浩一さん
東京都から移住 自営業・経営者(フリーランス含む) 60代

故郷の地に恩返しを!

当方におけるこのケースとは、実家が江田島にあったものの父親が仕事の関係でアパートを借りていた広島市で生まれ育ち、以降、小2の夏に父親の転勤で東京に引っ越して以来、東京、英国、福島、宮城と居を移し続け、60年の歳月を経て、実家のあった江田島に移住した、という形です。

大枠で見ると広島県に戻った、というケースになりますが、市町村の単位だと、江田島市に住所を移したのは初めてなので、移住というケースに一応当てはまるかと考えます。
生まれて以来、島といういわば田舎に住むのも自分にとっては初めてとなったこととなります。

ちなみにまだ広島市に居た幼少の頃は、夏や正月の休みは実家の江田島で過ごしていたことが多かったので、幼少期の原風景としてここ江田島が焼き付いていました。

大学まで東京、その後、東京に本社のある電子部品企業に勤め、英国勤務や、福島県相馬の工場、宮城県古川の開発拠点などで40年弱、勤務をし続けてきたのです。。。

なぜ江田島に移住したか?

東京勤務で通勤で満員電車に揺られつつも、幼少のころの原風景であった江田島は、頭から離れることは無かった。

その美しい自然は、たまに帰省した際のフェリーからの眺望や、島からの眺めに魅了される。
江田島の実家は農家だったため、畑の土地がいくつかあって、その中の高台にあった土地からは、瀬戸内海が眺望できる地だった。
以降数十年、父も東京勤務だったため、耕作放棄地となり、ジャングル状態になっており、昔の眺望など望む(臨む)べくも無い状態になってしまっていたのだ。。。

しかし、当方の幼少期の記憶は決して消えなかった。

ちなみに当方の趣味はアウトドア系で、登山、スキー、キャンプ。。。
あの高台の土地をキャンプ場に出来ないか!?という想いが、まだ企業で勤めていた頃からも、徐々に徐々に、膨らんで来ていたのだ。

また、長年、実家のあった広島県を離れ、いつかは戻って恩返しをしたいという想いも募って行ったのだ。

トリガーとなったのは、観光課からのレターであった。
数年前に無くなった親父が市に貸していた海岸沿いの土地を、市の潮干狩り事業終了に合わせて返還する、というもの。

これを機に観光課とのやりとりが始まり、実は上の高台の土地でキャンプ場をやりたい、という構想をお伝えし、それに対する支援制度や課題などをいろいろお伺いできた。
海のものとも山のものともつかぬ当方の夢物語に真摯にいろいろ対応いただいたことに今更ながらあらためて感謝に堪えない。

創業塾

江田島市の観光課に紹介いただいた“創業塾”をまず受講することとした。
起業を考える方に開催している無料セミナーで、受講+相談会で計6回、週末開催だ。

当時当方は東京勤務だったのだが、通常なら6回もの広島往復など考えにくいのだが、仕事やプライベートで保有していたマイレージを活用できた。
金曜日の定時後、職場のあった大田区の本社から羽田に移動し、最終便で広島空港。

そこから格安レンタカーで江田島まで2hのドライブで、毎回深夜の到着。
翌朝から受講、というハードな動きだったが、これらの前後の機会で市の関係部門との打合せや、業者さんのあたりなど設定出来て、良い機会となった。

創業塾の講師の藤田先生とは後に、広島市内で個別にお会いし一献酌み交わすまでに至った。
のちにこの創業塾にて、起業事例紹介として当方より、1時間のプレゼン+1時間のQAを3年連続で実施させていただくに至っている。

直面した課題の数々

各種規制のクリア、業者さんとの関係づくり、気が遠くなる伐採と整地作業、、、
よほどの強い想いが無い限り、これらは乗り越えるのが本当に困難な事柄だったと今でも思う。
あきらめるという選択肢は無い!という立ち位置でこそ、その先に拡がる景色があったのだと今振り返ってもそう思う。

差し伸べられた支援

市の関係部門のサポート、地方紙への掲載による当方の意気への理解、地元の仲間の作業参画、、、ほんとうに、ひとりでは出来ない。差し伸べられた手の数々は、ほんとうに宝物だ。

移住して立ち上げた事業

2021年末に、なんとか開業でき、それ以来、現在までキャンプ利用者4500人+イベント参加500人で計5000人に至っている。
江田島市の人口20000人に対し、当地に5000人をほぼ島外から呼び込むことが出来ている訳だ。

なお、当地の利用だけでなくフェリー利用、食材購入、往復途上での飲食店利用、などなど、副次的効果は大きいはずだ。

瀬戸内海国立公園

江田島は、瀬戸内海国立公園に属している。
この瀬戸内海国立公園は、昭和9年に制定された日本で最初の国立公園だ。

雲仙・霧島と共に第一号として制定されたのだが、日本で最初に選定されるほど魅力的な地であることは客観的に見ても間違いない、ということを表している。

それも含めて、当地の魅力を発信し続け、お客さんが来続ける地であり続けたい。
10年後には国立公園制定100周年を迎える。
そこに向けどんな準備をすべきか?!、官民連携で取り組むことができれば!と思っています!

上述含めたこれらが、当方が目指して来た、故郷への恩返しの姿に向けた一歩なのです。

移住のステキを
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