しば犬さん
東京都から移住 会社員 20代

27歳で広島移住、『好き』も仕事も諦めさせない街へ

私は今年の10月31日、東京都から広島県に移住した。

退職した情報通信企業では責任ある担当を任されキャリアを積み上げていたが、婚約を機に自分の人生を見つめ直した。現在は地元に根差した企業で、地域経済の発展に寄与すべく新たな仕事に取り組む。休日は瀬戸内海の島々を巡り、大切な人との時間をゆっくりと過ごしている。

27歳で出会ったのは好きも仕事も諦めさせない街だった。

東京生活

私は2020年3月に東京都にある大学を卒業した。4月に都内に本社のある情報通信企業に入社した。

初任地となった名古屋市では、行政や自動車業界を担当した。23年4 月に本社に移動し、国土交通省や法務省などを受け持った。国内で550万人の雇用を 抱える自動車業界や国家の中枢である中央官庁など、責任ある担当を任されて順調にキャリアを積み上げていた。

仕事にやりがいは感じていたものの、長時間労働になりがちな職場だった。早朝5時に家を出て仕事場に向かい、帰りは翌午前1時を回ることもあった。

裁量の大きい働き方のため、早朝出勤の後は昼間に仮眠を取ったり、夜遅い日の翌朝は遅めに出勤したりするなど労働時間は調整していた。それでも仕事への対応が優先され、長期的な人生設計について考える余裕はなかった。

出会いと転職

移住のきっかけは23年12月に出張で島根県出雲市を訪れたことだ。そこで今の婚約者と出会った。1カ月後に再び同市へ出張する機会があり、2度目の再会を果たした。趣味や仕事の話しで意気投合して連絡先を交換。その後は月に2回ほどのペースで会うようになった。出会って3カ月後には正式に交際を始めた。休日には島根県の海辺でコーヒーを手に談笑して過ごすなど充実した交際生活を送っていた。

一方、2人の課題となったのは距離だった。東京都と出雲市の往来には飛行機を使っていた。月に6万円ほどかかる航空券代の出費も負担となった。急な仕事が入り、直前で会えなくなることも何度かあった。このまま現状を維持していても一緒には暮らせない———。

「そっち行くわ」。
仕事に追われてすれ違うことも増えていたある日、自然と口からこぼれた。

それからは、将来の暮らしや仕事について入念に話し合った。2人の都合上、私の移住先は中国地方に限られた。「海が近い街がいい」「新幹線が通っている方が便利だよね」。様々な条件を詰め、転職先の企業の立地も考慮した結果、広島県に移住することに決めた。

広島県の生活

広島県で暮らす魅力は3つあった。

①安価で新鮮な魚介類や野菜で食生活が充実する。
②川や海、山など自然に恵まれ休日の過ごし方の選択肢が広がる。
③大企業から中小企業まで転 職先の選択肢が多い。転職後も規模の大きな仕事ができる。

私が最も魅力的に感じたのは安価で新鮮な食べ物だ。例えば、自宅周辺のスーパーでは生食用の牡蠣が150グラム360円(税込)で販売されている。レタスは1玉150円(同)、大き めのみかんは6つで300円台で売っていることもある。シャインマスカットの店頭価格は1000円を下回るのは当たり前だ。広島県産の食材は特に安価で新鮮で美味しい。

休日は自然の中でゆったりと過ごせる。広島市は計721本の川が流れ「河の街」とも呼ばれる。整備された土手沿いには街路樹が植えられ、ベンチも置かれている。何気ない時に川沿 いのベンチに座り、本を読んだり雑談したりするだけでも気分転換になる。

海も近い。路面電車に乗れば20分ほどで市中心部から海辺にたどり着く。私のお気に入り の広島港周辺は、海を眺められるレトロなカフェや雑貨店などが立ち並ぶ。昼過ぎに自宅を 出て路面電車に乗り、海を眺めながらコーヒーを飲む。夕陽が沈んでから路面電車で帰宅す る。車の運転が億劫な日はこんな1日を過ごしている。

広島県にはマツダをはじめ半導体関連のローツェ、広島銀行のひろぎんHD、中国電力など 有力企業が多い。中国地方のビジネスは一見するとローカルなイメージをもたれがちだが、 ロシアのウクライナ侵攻や米大統領選など世界的な出来事がビジネスに直結する。広島県に いながらビジネスの場は世界に広がっている。

ボールメーカーのモルテンやミカサ、100円ショップを展開する大創産業、紳士服の青山商事など、実は広島県に本社を置く企業も多い。転職先の企業そのものや、仕事内容でも十分 に個人が成長できる土壌は整っている。

平和の街

広島市は平和の街だ。戦中に原子爆弾を投下され14万人以上が亡くなった。市内にある平和記念公園には毎日のように学生や外国人観光客が訪れ、原爆の悲惨さや平和について学んでいる。

原爆ドームや旧日銀本店など街中の至るところに原爆で破壊された当時の姿を残した建物や建物跡がある。街を貫く平和大通には平和をモチーフにしたアート作品が並ぶ。

平和を通じて世界とつながる街でもあり、それがこの街や住む人の誇りとなっていると感じる。

移住のステキを
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